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みんなのパワハラ事例

パワハラ事例を紹介

校長のパワーハラスメント

パワハラ

某高校のA校長が副校長や教員に対してパワ-ハラスメントがひどいのです。

言葉遣いがひどく、生徒や保護者がいてもおかまいなしに「おまえは・・・」と些細なことに対しても怒鳴りつけるのです。副校長に対するパワ-ハラスメント(いじめ、嫌がらせ)が特にひどく・・・

A校長はA高校に3年前に来ましたが、この3年間に副校長が3人異動(最初の年は副校長が2人いました)しました。副校長3人のうち2人は1年で異動、1人は2年で異動。 3人とも繰り返し怒号を浴びせられ、異動しなければいけない状況に追い込まれたのです。特に2年間、校長のパワ-ハラスメントに耐え忍んだ末に異動した副校長は精神的に不安定な状態になっていました。

また、今年の3月31日付で退職した数学科の男性教員は、昨年の2月にA校長から「おまえは指導力がない。A高校には必要ない教員だ。今年は置いてやるが、来年は異動だ」と戦力外通告を受けました。

彼はその言葉の暴力で働く意欲をなくして退職願いをいったん提出しましたが、昨年の4月から3年生の担任になる彼を頼りにしてくれる生徒たちがいたので、思い直して、退職願を撤回し、退職を1年延ばしたのです。数学の指導について的外れのことを A校長に言われ、意見を言うと、その言葉が返ってきたわけです。

 彼が担任をしていた学年担任団には数学科の教員が彼1人、他の学年担任団には2人いましたが・・・もし2人いたら分担できるいろいろな仕事を、彼は1人で休日出勤してやっていました。A校長は彼に対して指導力のない教員と言いましたが・・・今春、卒業していった彼の学年の生徒たちの進学実績は、結局、この10年間で1番でした。

特に、数学の飛躍は大きかったのです。数学が苦手な生徒が多く入学してきますが、この10年間で数学のセンタ-試験の自己採点の結果が1番でした・・・初めて全国平均を超えたのです。彼は希望して、4年前に公募でA高校に来ましたが、他の学校に異動するという選択肢がなかったので・・・結局、失望して・・・静かに退職していきました。言われたことに対して、何か意見を言うと、倍返しで怒鳴られる・・・告発しても、職場の息苦しい状況は変わることはありませんが・・・

上司からの八つ当たり パワハラの心のキズ

怒声・罵声

私は中小企業の総務員として日々業務をこなしてきました。

ある日、上司が変わり状況が少しずつ変わります。

まず、同僚から始まりす。総務だけでなくシステム兼任で残業が多い人でした。不器用な方で巧く仕事をこなせなかったのは事実ですが、会議室へ上司に呼び出され「病院に行け」「正常じゃない」と言われたそうです。

それから、徐々にですが周りから見て、その方の変化がわかるようになりました。顔付きやいつも自分に否定的で会社に来るのも辛そうです。

その頃に私への嫌がらせも始まります。

まず、私が席を外してる間で上司達が「○○(私な名前)大したことやってない」と話していました。

私が席に戻る途中でも聞こえるような声で。今でも、その光景は忘れられません。

笑いながら、同僚も一部は笑ってました。

そして、それからは挨拶しても返されず、上司に判断を委ねようにも睨まれて舌打ちされ書類を投げ返される。

仕事上、必要な情報を与えられずミスすれば「知らなかった!?」とこちらが悪いように言われ、確認することがあれば「だから、言ってんじゃねえかょ、バカじゃねえか」「わかんねえのかょ」など、上司とは思えない汚い口調で返事されました。

周囲まで被害を受けたくないのか、部内からは冷たい対応です。

そんな中で、始めに上司に呼び出された方が退職すると決まってからは、毎日が地獄でした。私がメインで仕事してましたが「仕事を全部引き継げ」「誰もが見てわかる完璧なマニュアルを作れ」と突如言われ、後輩に引き継ぎを開始したところ、いつの間にか新人員を取り、部内の共有すべき情報は一切私にこなくなりました。

いわば、干された状況です。

但し、イレギュラーで誰も関わりたくない仕事だけはさせてもらえました。

一切挨拶されず、直属の上司の罵声、情報共有もなく仕事が滞り叱られる、部員にも冷たくされる日々等…3年以上。

家族もおり年齢的にも転職は難しく、上司からの「大したことしてない、能無し」という言葉から自信をなくし、退職できず日々耐えてきました。

そんな時、見るに見かねた方が、上司に「挨拶返さない」「冷たい態度」について言ってくれました。

それと時を同じくして、私が知らぬまに採用された同僚が仕事ができないことがわかってきました。

その人が失敗するたび上司や同僚の罵声が聞かれるようになりますが、挨拶、情報共有はちゃんとされていました。

私と同じ辛い思いはさせたくなかったため、できるだけフォローしました。

必然的にの人が仕事できない分は私がこなすようになります。

色々な事が重なり、上司から挨拶されるようになり、仕事も上司の雑用や庶務的な内容ですが任されるようになりました。

嫌なことがあってから6年以上経ちますが、退職せず同じ職場で働いています。

私のような人は稀でしょう。

パワハラで労基署やユニオンに相談しました。

当時は、「挨拶されなくても私はしなさい」「情報共有されるよう努力しなさい」「会社訴えると費用と労力かかるけど、そうしますか」と解決にはつながりませんでしたが、今では私の事例であれば立派なパワハラのようですね…

今でも上司の八つ当たりはありますし、態度で怯えることもあります。周囲に必要以上に気を遣ってると思います。同じ職場にいる限り、上司も変わらないので根深いところにある心の傷は癒えないのでしょう。

それでも私は在職しています。

今さら転職して労力を費やすよりはと思って。

立場を悪用して長年昇進を妨げられました

業務妨害

17年以上勤めた会社で5人の上司に仕えましたが、その中の一人にパワハラ的な行為を受けました。

それまでの上司が能力的にも人物的にも尊敬出来る人物だったのに対し、その上司は仕事は出来ないうえに会社経費で酒ばかり呑んでいるような上司で、まったく尊敬出来ませんでした。そういったこともありつい反抗的な態度を取ってしまったことから目の敵にされるようになりました。

まず会議の度に1時間近く立たされて個人攻撃を受けました。成績が良くても悪くても同じです。自分より成績が悪い社員がいても関係ありません。理論的な話は無く感情的に攻める攻撃を毎回受け続け、時には灰皿を投げつけられたこともありました。

また無用な残業を強要されることもしょっちゅうでした。上司は単身赴任で帰宅しても暇なため仕事が片付いても帰らず、自分が先に帰ることを許してくれませんでした。他の社員は先に帰れるのに自分にだけいろいろ難癖を付けて、夜中の12時近くまで残されることもよくありました。同じような理由で休みに強制的に出勤させられることもありました。

こうした嫌がらせともいえる行為を日常的に受けて来ましたが、最も酷いパワハラは昇進を妨げられたことです。同じ勤務年数で同等の成績を上げている社員がどんどん昇進しているのに、私だけが平社員のままでいました。この上司が本部に推薦をしなかったために昇進が据え置かれたのです。後にこの上司が異動した際に新しく来た上司から「前の上司から最低の評価点を付けられている。本部からお前を昇進させるために推薦するように言われた。こんなケースは初めてだ」と言われて気付きました。昇進が遅れるということは当然給料にも影響します。当時は家族も増えていた時期だったので個人的な嫌がらせから生活が苦しめられたことになります。

言動や暴力によるパワハラとは違いますが、サラリーマンにとって昇進を妨害されるということは何よりも酷いパワハラだと思います。"

いつも馬鹿にされ笑われてミスをすると怒声を捲し立てられました

怒声・罵声

私が受けたパワハラ行為は男性上司によるものでした。今でもふとした時に思い出して足が震えます。

なので職業や地域はもちろん意図的にぼかした表現を使うので文章がおかしくなりますがどうかお許しください。

誰もいないところから「はぁー!!お前何をしとるんや!!!」と言う声が聞こえてきそうで今もあたりを見回しています。

この文章が元上司の目に触れないように祈りながら書いています。

私の働いていた会社はチェーン店で元上司は店長でした。そのほかは正社員は私を含め4人とパートさんが1人いましたが、全員女性でした。

女性同士の仲は悪くなくむしろいい方でした。

しかし入社からデブな私の容姿を子馬鹿にしていました。「ほんま~制服が破けないか心配や。見たないで」や「顔パンパン」笑いながら言われました。自分はデブでブスなのはわかっていましたが度々言われるので「止めてください」と言うと「冗談よ~冗談。こんな事で怖い顔すんなや~」と笑われて言われ自分が悪いと思い耐えました。

しかし、この元上司はお客さんが予定より多く来たりするとものすごくパニックになりミスを犯すと怒声が飛びました。

私も忙しいですし「すいません」と謝っていたのですが1か月ほどで気が付きました。他の人のミスまで私に怒っていたのです。

最初は忙しすぎて忘れたのかな?と思い自分がした行動を確認したりしていたので気が付きました。

そこで冷静に観察しながら仕事をしていると同じミス何回も繰り返している人は注意ぐらいなのですがその後私が急いで仕事をしていると「なんや!うるさいな!!」と怒鳴られ延々と私の批判を続けて他の人とは「さっぱりしたぁ~」と笑いながらおしゃべりをしていたのです。

うるさいなと言われましたが机を拭くだけなので音がするのか?と疑問がわきどうしようと悶々と悩んでいたのですがある日その元上司と社員が楽しそうにしゃべっているのが聞こえました。

「あいつさー間が悪いんじゃなくてなんかむかつくわ。理由はない・・いやあったわ。あいつが俺が機嫌が悪い時にそばにいるから悪いんや。

だから発散するならあいつや」と社員と笑いながら話していました。

視界がぼやけて立っているのに床がグニャグニャしました。

そばにいるのが悪いなら狭い店内では仕事ができません。

もう駄目だと思い家に帰り両親に話したら「会社の顧問弁護士がいるからその上の上司に話してもよけい立場が悪くなるし、自主退社しな。」と言われました。

親には相談していたので結論となりました。そして辞めました。

三年経った今でも不安剤を飲んでいます。ほぼ毎日顔が真っ赤で充血した目で10分以上怒鳴られ物をぶつけられたこともあります。

4年もそんな生活が続いたのです。

大した事はないと思うかもしれませんが、私にとっては自律神経が狂うほどの事でした。

部内みんなの前での説教 日常的に受けていたパワハラ事例

パワハラ

私が日常的に受けていたパワハラ事例は、部内みんなの前で一人の上司から徹底的に仕事のことで罵声を浴び続けていたことです。

勤めていた会社は従業員規模はだいたい300人くらいの製造業で、所属していた部署は生産企画部といって、生産する部品の原価チェックや品質管理や納期管理などをしています。私の仕事はそういったいろいろなデータをまとめて、会議ごとに資料を作成することです。

パワハラをしてくる上司は、生産企画部の部長で私よりも10歳くらい年齢は上で、会社での勤続年数は、私は中途採用だったので20年くらい多いです。

もともと営業部出身なので、各部署と関係も深く仕事上信頼はあったようです。

容姿も歳の割には若くみられ、背も高く他の社員からも人気があったようです。

また不動産を持っているようで、乗っている車もかなりの高級車で、スーツ・や時計を見てもかなり裕福な暮らしをしているのはわかりました。

それにひきかえ自分は、容姿は背もかなり低く、頭の毛も随分無くなっていて、どちらかというと老け顔でした。地位も係長なので、2ランクくらい下になります。中途採用で経験も少し浅いので、みんなからの信頼もあまりあるほうではありませんでした。

そういった力関係の中で、パワハラは日常的に行われ続けていました。20人くらいが常時いる事務所の中で、あまり電話とかもかからない静まりかえっている時間帯をわざと狙って、大声でまず呼んできます。そして部長の席の前まで行くと、みんなに聞こえるくらいの大声で、「なんだこの資料は」とか「何を考えて作ってるんだ」などと罵声を繰り返します。内容はいつも批判ばかりで毎回のことなんで、何を言っているのかもう憶えることもできません。だいたい一日一回で時間は30分くらい延々と怒鳴り続けています。

まわりの人間は、だいたいうつむいて仕事をしているフリをしていますが、多分聞き耳をたてて私が怒られているのを面白がっているんじゃないかと思います。誰一人、私に味方して、あれは言い過ぎだよとか言ってくれる人はいなかったです。

2年間くらいそういう状況でしたが、部長が部署移動になり、それから開放されました。

勤務先で、もっと痩せろ、人間性がダメだ、給料泥棒などパワハラを受けました

怒声・罵声

こんにちは。今回はテーマに沿って、職場で受けた実際のパワハラ体験談について出来る限り詳細にお話したいと思います。

あれは、四年制大学を卒業して、僕が一般の会社員になった時の事でした。入社した当時は、みんな上司も先輩も含めてフレンドリーに接してくれていたのですが、日が経つにつれて、その良好な態度が変わっていきました。こちらがきちんと言われた通りの業務をこなしていてもです。本当にあの時のことを思い返すと、はらわたが煮えくりかえってきます。以下、自分が実際に受けたパワハラについて記述したいと思います。

仕事内容はデスクワークでした。ちょうど通路で上司とすれ違おうとしたときの事です。「もっと端っこに寄って歩け!!お前は体型が太いんだから!!」と怒声を浴びせられました。その瞬間、ひどくショックを受けたのを今でも覚えています。もちろんそれだけでは終わりませんでした。仕事が忙しかった時の事です。僕は早歩きであちこち書類を持ちながら歩き回っていました。その時に先輩社員からキツイ一言。「○○君、走れ!!走ってもっとダイエットしろ!!はっはっは!」と、罵声を浴びせられると共に、まるで必死で仕事をしているこちらを馬鹿にしたようにあっさり言いました。すごく悔しかったのを覚えています。それだけではありません。

やや複雑な業務を訂正していた時のこと。一生懸命やっている最中に上司がやってきて、「お前はその業務だけじゃなくて、人間性も訂正しろ!!」などと罵られました。正直気の弱い僕は反論できませんでした。逆にその時に言ってやりたかったです。「お前こそ人間性を訂正しろよ。」と。

最後のとどめの一発で転職する気持ちになれました。業務の量が格段に多かった時の事です。頑張って仕事をしていたのですが、先輩と上司がこちらにやってきて、「南緯をトロトロしてるんだ!!こんなスピードでしかできないお前は給料泥棒だ!!」と、またもや怒声を浴びせられたのです。その時にもう転職するつもりになったのです。

以上がテーマに沿った職場で受けたパワハラです。少しでも皆様のご参考になれば幸いです。

私の提案が上司が考案した内容として提案 上司がパワハラをする特殊な会社

業務妨害

私が体験したパワハラは、特定の上司と言うよりも、会社全体から、その上司がパワハラの任を受けてパワハラをしていたような会社ぐるみと言う印象の物でした。

いわゆるブラック企業とも言う会社です。

その会社は、上司のいう事は絶対という軍国主義に近いような会社で、例え上司の言っていることが間違っていたとしても、その間違っていたという証拠を捻じ曲げてでも、私に責任を転嫁してきました。

私から何回か提案した内容は、すべて上司に批判され、「お前は何もできないんだから、余計なことはするな。黙って従っていろ。」と言われました。

しかし、数日後には、私の提案した内容が、上司が考案した内容として社内会議で提案され、そのまま採用されることになったのです。

会議後、上司に異議を申し立てましたが、「お前が提案したという証拠がない。証拠が無ければ、お前の物ではない。」、「忙しいから、今後一切話しかけるな。」と脅されました。

それからと言うもの、私が他の部署の上司や同僚と話をしていると、決まって何の話をしていたのか、と確認され、最後は必ず、「お前は他の部署の人と話をしている暇があるのか?お前のせいでこっちは忙しいのに、仕事をなめてるのか?」と毎日のように罵声を浴びせられました。

そして、社員全員に連絡が行っている内容の重要な連絡事項が、私のところにだけ来ないという事件が起きました。

もちろん、社長以下幹部クラス全員に怒られ、仕事も干されてしまいました。

この頃には、会社全体から、あいつを辞めさせるように仕向けようというような雰囲気がひしひしと伝わってきました。

そのため、段々と体調不良になる日が多くなり、このままでは精神的におかしくなってしまうと思い、転職を決意しました。

今でも、もっと早くに転職を決意すればよかったと後悔するほど、心に深く残っています。

私は、絶対にこのような上司にならないようにと、心に誓い、後輩の指導をしています。

工具を投げられたり、怒鳴られる毎日 中古車販売店に勤務していた時に受けたパワハラ体験

暴力行為

以前中古車販売店に勤務していた時に受けたパワハラの内容です。パワハラは社長と非常勤の工場長から日常的に受けていました。パワハラの内容は次のようなものです。

ある日、社長からお前はどんな車が好きなんだと聞かれ答えました。数日後自分が好きだという車を社長が仕入れてきました。そして購入しろといわれ、断ると恫喝され無理やりその日のうちに購入させられました。しかも事故車です。購入時タイヤをサービスするからといわれましたが、結局サービスはしてもらえず自分で購入しました。

お客から10万円の値引きを要望されたときに、お前が10万円払って必ず売れといわれ、10万円を支払わされました。今思えが恐喝と同じだと思います。また俗にいう車庫飛ばしも強要されていました。当時は村に住んでいたため車庫証明がいらなかったのですぐに自動車を登録できました。それを利用され、売っている車の名義は自分名義になっていました。断っても聞き入れてもらえませんでした。

工場長からは車高の低い車のタイヤ交換をしているときに、膝をついてい作業をしていたら、いきなり蹴り上げられ仕事をなめるなといわれました。また、洗車途中でお客対応していたら、途中でやめるなとお客の前で怒鳴られ、お客もビビっていました。その他は頭を叩かれたり、工具を投げられたり、怒鳴られることは毎日のように繰り返されていました。ちなみに工場長は仕事中にパチンコをしていたのが見つかりクビになったと後から聞きました。

冬に雪が降る地方なのですが、夏タイヤのまま運転させられていたり、罰ゲームだといって就業時間の1時間前から100台近い展示車を全部洗車させられていました。勤務時間も残業代はなく毎日12時間以上働かされていました。始業前まで洗車が間に合わないときはさらに怒鳴られていました。

事故車を販売するときに、修復歴がある旨を説明したためにいらないことを言ったという理由で罵声を浴びせられました。販売時はこの様に強制されていました。

製薬会社の営業で罵声を浴びせられました

怒声・罵声

私、製薬会社の営業で入社致しました。最初は皆さん丁寧で、やる気に満ちあふれていたのですが・・・

全社的にもシェアが低いエリアで、ライバル社の牙城を崩しにかかるためか、全員がガンガン攻め込む体育会系。

それに対して私は勉強ばかりしてきたモヤシでした。最初はその体育会系の先輩について、実地研修をさせて頂いたのですが、まずは学歴コンプレックスがあるのか、ことあるごとに「お前は頭はいいかもしれんが使えんな」と吐き捨てるように言われました。

ささいなミスをするごとにそんなことを言われて、かなり参ってしまいました。

引き継ぎもA4一枚の紙に簡単に書いてあるだけで、お客様のことはほとんどよく分からず。大変不安な気持ちでした。

会社に戻ると今度はプレゼンの練習です。整然と話を組み立て、伝えるべきことを伝える、という姿勢で臨んだのですが、ここでも「聞き取れねーよ」「はあ?」と罵声を浴びせられました。一人理解してくれる先輩がいらっしゃったのですが、「あれはないわ・・・あんま気にすんなよ。大丈夫。」と後でフォローされ、かなり心が救われました。これが毎日のように続き、帰る頃にはクタクタに。ストレスからか暴飲暴食してしまい、あっという間に10kg太ってしまいました。

一番恐ろしかったのは飲み会です。インターネット掲示板でも、飲み会の悩みはよく出てきますが、まさにあの通りです。いま思い出しても胃がきりきりします。「飲みがたらねーぞ!とにかく吐くまで飲め!」といわれお店のトイレで気を失うまで飲まされたことも。元々内臓を壊していましたので、これは本当に恐かったです。

極めつけは、お金まで使わされたことです。自分を追いつめるために車を買え、ゴルフクラブを買えと執拗に言われ、いま思うと馬鹿じゃないかと思うのですが、その指示通りに次々に色んなモノを買っていたのです。気がつけば全てのお金を使い果たし、カード支払いも遅延。恐ろしすぎる時期を過ごしました。今となっては、笑い話できる部分もありますが、やはりこんなのは異常です。

人をさげすみ罵倒する言葉に耐えた時期

怒声・罵声

人生で一番ひどい状況だったと思います。

これまで職場でパワハラを受けるということのなかった私は、39歳の時に

やっと再就職が決まった職場の、直属の上司の言葉にとても傷つきました。

初めての職場というのは右も左もわからないのが当たり前で、ある程度の

研修をして仕事を熟知していくようになります。

けれど、その上司は初めからできなくてどうするという言葉を常にぶつけました。

そしてまだ何も内容の説明を聞いていない状態の時に、まるで熟練者に仕事を

頼むのと同じように指示をするのです。

聞いているこちらは何を言っているのかわからず、他のスタッフに確認するという

ことがありました。

その時に初めてそういえば説明していなかったなという言葉をわざと告げるのです。

怒鳴るという行為は日常茶飯事でいつも大声を出していました。

普通に話ができるという穏やかさのない人だったため、何かを質問すれば

その答えが返ってくる時は必ず怒ったような言葉をつきつけるというひどい内容のものでした。

相手をどこまでもさげすむというやり方は、社内でも評判でしたから私自身ががまんすれば済むことだと思っても、やりきれませんでした。

その上司の言葉に傷つき会社を去っていく人が多く、上司のまわりには誰も心を許した人はいませんでした。

私は自分がどんな言葉を投げかけられても、がまんしていました。

こんなことに屈してたまるかという思いがあったからです。

罵倒する上司を心の狭い人間だと思うしかありませんでした。

その上司以外の人とのコミュニケーションが私を救ってくれたためになんとか職場で孤立することなくやってこれたところがありました。

その上司は他の部署の人間にまでパワハラをするという、とてもひどい時期もあり会社の中でも評判になっているにもかかわらず、上司のパワハラはどんどんエスカレートしていきました。

再就職して一年たつと、私よりも新しい人に目を向けターゲットがかわるのですがそれでも相変わらずパワハラはなくなりませんでした。

だれかに矛先を変え、また、私にという繰り返しが延々と続きました。

容姿否定から始まり人格否定までありとあらゆることを否定してきた上司

怒声・罵声

私の元の会社の上司は、自分の事を棚に上げて、とにかく自分を含めた部下を呼び出しては怒鳴り散らすという、パワハラ上司そのもでした。

私も何回かやられましたが、その内容は容姿のことから始まり、人生や人格を否定するような内容でした。

私はもともとヒゲが濃い方で、自分でもそれが嫌だと思う時期もあり、あまり触れてもらいたくないところでもありました。

そして、上司にヒゲの事で言われた時には、やめてくださいと何度か言いましたが、聞き入れてもらえずほぼ毎回と言っても良いほど繰り返し言われました。

さらに、私が面白いと思った仕事内容や面白いと思ったことなどをすべて否定して、そんなことを面白いと思うような奴は頭がおかしい、生きている価値がないとまで言われました。

仕事上でその上司に迷惑を掛けたこともなければ、怒らせるようなことをしたこともないと思っています。

だから、なぜそこまで言われなければいけないのかと悩んでいましたが、同僚と話をすることで、同じような境遇であることがわかり、一人で考えていることがバカらしくなりました。

そこからは、何かあると同僚と愚痴を言ったり、理想の上司像を語り合ったりと、慰めあっていました。

そして、組織変更があり、その上司とさらに相性が悪い部下が配属され、4人でその上司のパワハラを受けることになりました。

人数が増えたから分散されるかと思いきや、その逆で一人ひとりの時間がさらに長くなり、昼休憩の時間配分や10時や15時の休憩時間の取り方、有給休暇の取り方などが気に入らないと小突かれたりしました。

でも、私は、昼休憩は45分間のところ、20分間で終わり、他の作業をしたり、次の作業の準備に充てたりしていましたし、10時、15時の休憩も入社してから数えるほどしかしていないので、怒られる筋合いは全くありませんでした。

そこまで言われると、さすがに黙っていられないので、労働組合に相談し、解決に向けた動きをしてもらいたいと働きかけました。

しかし、いつまで経っても一向に改善されず、全く別の理由で転職をすることになり、その会社を離れることになりました。

結局今でも労働組合が何も動いていないという事実を残った3人から聞かされ、そんなものなのかと唖然としてしまいました。

最終的には自分の身は自分で守るしかないというのが私たち4人の結論になりました。

宗教勧誘を断った事でパワハラを受けました

業務妨害

以前知人数名と職場でのパワハラについて話していたときに出た話です。

知人のうち一人が職場でパワハラがあった事を話してくれました。

そのパワハラは、知人が被害者(分かりやすくするため、そう呼ぶとします)から相談を受けうる形で発覚したそうです。

その被害者は、知人と同じフロアに勤める派遣社員の方で、入社2年目ほどだったそうです。

ハラスメントの内容は、執拗な宗教勧誘でした。

その派遣の方の別のフロアの社員の一人が、信仰心に篤い人で、その宗教団体への入信を熱心に勧められたそうです。

仕事後に食事の誘いを受け、お店まで一緒に向かったそうです。

被害者は今後の仕事をスムーズに進めるため、懇親の意味合いが大きいと思ったとのことです。

派遣社員といえど、その社員は仕事上は上司にもあたるため、半ば必要な付き合い、という思いもあったことでしょう。

お店に着くと、その人の弟と名乗る別の男性がいて、不思議に思いながらも食事を始めたそうです。

しばらくすると熱心な勧誘が始まりました。

その内容は被害者にはとうてい理解できるものではなく、興味を持つこともできないため、その場は丁寧にお断りをし、

その意思がないこともハッキリと伝えたそうです。

その後も毎日顔を合わせ、時には同じ案件を担当するため気の使い方は大変だったと思います。

拒否しつつも一緒に仕事をしなければならないわけですから。

しかも被害者はその人より立場の弱い派遣社員さんです。

拒否することでメンバーから外されたり、仕事をもらえなかったりするかもしれないと悩んでいたそうです。

話を聞いていて、これは立派なパワハラだと思いました。

勧誘してきたその人に、そのような意識があったかどうかは分かりませんが、立場が上の人間が下の人間を何かに誘う際は、

本当に気をつけることが必要だと感じました。

社内でそういった活動を行なうことは規定違反に当たるため、勧誘は就業時間外に外で行ったのでしょう。

その後はその人からの個人的な誘いは断るようにしているそうです。

わたしの人格を全て否定されました

パワハラ

3年前まで働いていた職場でのできごとです。

その職場は入社1日目から、「何かおかしい。」

と思っていましたが時給がよかったので我慢して働く事にしました。

私はこの職場に必要な資格を持っていて他の方は何も資格を持っていない人達でした。

「何かおかしい。」と思ったのは、皆社長のコネで入った人ばかりだったからです。

2階が社長の自宅になっていて他の人達は、社長の家族とも仲がよく、最初から仲間はずれな感じでした。

職場で何かしらトラブルがあれば全て私のせいにされました。

他の人の失敗も、その失敗した人をかばうように、私に攻撃してきました。

資格を持っているのは私だけだったので私にしかできない仕事もあります。

なのにその仕事にも口出ししてきて、困る事が多々ありました。

そして、他の人は仕事中に煙草を吸いに外に出て行ってしまったり、休憩室でお菓子を食べたりと仕事をサボる事が多かったです。

そうなるその人達の分も仕事をしなければならず自分仕事が進まなかったりもしました。

私は花粉症で、春になると鼻水が止まりませんでした。

そして忙しすぎて鼻をかむ時間もなく、ズルズルと鼻をすすっていると「気持ち悪い!」と言われたり、

上司が何を言っているのか聞き取れないと「何で1回で聞き取らないの!?イライラする!!」と怒鳴られたりもしました。

「あんたの声はこもっていて聞き取りにくいから発生練習しろ。」とも言われました。今までこの声で生きてきて、そんな事を他の誰からも言われたことがなかったのでとてもショックを受けました。

そして、「このドラマ面白いか見て来て、感想聞かせて。面白かったら私も見る。」

と言われ見たくもないドラマのDVDを借り、毎晩寝る暇を削って見させられました。

体力的にも精神的にもほとんど限界でした。

上司だからと何をしても許されるのか!!と本当に悔しかったです。

その人が引っ越しをする時には「手伝いに来い。」と言われました。

とても大事な用事のある日でした。

ついに本当に限界が来て仕事を辞めました。

3年働きましたが、あんな思いもう2度としたくないです。

怒鳴る怒鳴る怒鳴る殺意が湧くほどの暴言を吐く

怒声・罵声

以前勤めていた会社の社長がとにかく怒鳴る人でした。

誰かれ構わず怒鳴る。

そもそもその会社は現社長の父親である先代社長が設立し経営していたけれど、その先代の社長がなくなったことがきっかけとなり現社長が引き継ぐこととなった会社でした。

その会社は同族会社で社長以外にも社長の親族や奥さんが会社の役員として名を連ね実際に毎日出社して仕事しておりました。

そしてその社長一族は皆従業員に対して暴言を吐いたり怒鳴ったり無視をしたりとまさにやりたい放題でした。

そのためその会社は人の入れ替わりがかなり激しく数日で辞めたり或る日突然来なくなったりする人が続出していました。

社長は怒鳴る、社長の姉妹はヒステリーを起こし何日も同じ文句を言い続ける、社長の奥さんは無視をするという小説やドラマのネタになりそうな会社で、私はこんな会社があるんだと初めて知りました。

社長が怒鳴るのはミスをした時はもちろん、ミスをしたわけではなくても自分が気に入らないことがあると怒鳴る、どちらが正しいとかは関係なく怒鳴る、相手の話は一切聞かずに怒鳴る。

それが毎日だから辞めたくなるのも当然。

お昼ごはんを買いに行きますと言って出て行ったきり戻ってこなかった人もいました。

社長は力で抑え込むことこそが正義だと考えているような人でした。

そのため社長も社長一族も従業員からの人望は皆無で誰かが会社を止めると必ず労働基準監督署にかけ込まれていました。

だからしょっちゅう労働基準監督署から連絡が入るという前代未聞の酷い会社でした。

ですが不思議なのがそういう会社だと分かっていながら10年以上働き続けている従業員が何人もいることでした。

ブラックな会社にはブラックだと分かっていても辞めない人が少なからずいるという話は聞いたことがありますが、それを目の当たりにした会社でした。

私も何度も怒鳴られましたし殺意が湧くほどの暴言を吐かれたことも1度や2度じゃありません。

一番記憶に残っているのはお前の顔は不気味だと言われたことです。

その直後に辞めました。

ああいう会社は長く勤めて自分をすり減らすより早めに辞めるのが一番だと思います。

お前頭おかしいんじゃねーのか?言葉の暴力、オーナーの横暴

怒声・罵声

このお話は社会人になってからの話ではなく、大学時代にしていた喫茶店でアルバイトをしていた時のお話です。

このお店は正社員は1人しかおらず、大学生や高校生のアルバイトがキッチンもホールもまかなっておりました。

お店はチェーン店で、オーナー自身も3店舗やっていて、3店舗を回っていました。

オーナーの見た目はスキンヘッドで、目つきも悪く言葉遣いも悪いためお店の子達から怖がられていました。

お店は朝7時からオープンなんですが、私はアルバイトなのにもかかわらず土日は朝6時から強制出勤させられていました。私の家は大学から40分ほどかかる場所にあったので、大学付近にあるその喫茶店に行くのに5時半起きで行かなくてはいけませんでした。

そして15時まで働かされていました。アルバイトを休むには休む理由をシフト表に書かなくてはならないのですが、友達と遊ぶためや家族と出かけるなどの理由は許されず休みを頂けませんでした。

なので、大学のことを理由にしたり、家族の誰かを病気ということにしなくてはならずすごく辛かったです。

また私はお給料計算をしていたのですが、それだけ働いていたのにもかかわらず毎月3000円からひどい時には1万円近くお給料が違っていました。もちろん少なくなっていたのです。

気の小さい私はオーナーに言うことができずいつも泣き寝入りでした。

しかし、私が1番記憶に残っていることは、レジ締めをしていた時の話です。

いつも14時に1度レジのお金の計算をするのですが、その仕事は選ばれた子しかできず仕事の早かった私はいつの間にかその仕事を任せられることが多くなりました。

ある日お店が空いていたので5分ほど早くレジ締めをしてしまったのです。その時キッチンからオーナーが出てきて「お前頭おかしいんじゃねーのか?時間がわかんねーのか?死んじまえ!」と言われたのです。

たった5分ほど早かっただけで何故このような言われをしなくてはいけないのか?

また、オーナーは何故がキッチンに木刀を置いていました。キッチンの高校生の男の子がいつもこれで軽く殴られることもあり、男の子はアルバイトを辞めていきました。

最後に、私はそのお店を辞めた時に、アルバイト代は口座に振り込まれていませんでした。

わざわざお店に取りに行きました。そのときに「ちっ、金だけは取りに来るんだな。来るなら土産ぐらい持ってこいよ。常識ねーな」と言われました。

あんな最低な上司は後にも先にもこの人だけです。