みんなのパワハラ事例

パワハラ事例を紹介

上司が決裁しないため、仕事が滞り何人もの社員がノイローゼ寸前に

異動した部署の所長が、とんでもないパワハラ所長でした。

年齢は59歳で、以前国立大学の助教授をしていたらしいのですが、教授のイス取りゲームに負けて、私の会社まで流れてきた男でした。

会社には社是なり社風があり、社員の気質は会社で長く勤めることにより、少しずつ吸収し、意識をしなくともその社風が備わるものです。

ところが新所長となった男は、その社風を嫌う男でした。いきなり、こののんびりした社風は気に入らないので、徹底的におまえらの甘えた性根を叩き直すと息巻いていました。

当時私は係長という中間管理職だったので、管理職員会議には参加できなかったのですが、私の上司の課長は、毎日のようにぼやいていました。今度の新所長には、何を言っても、何を諌めても、話を聞いてくれない。こんなことが続けば、全員ノイローゼになってしまうといっていました。

決裁のためのハンコを押さないというのが、決定的なパワハラでした。根掘り葉掘り、細かいことを言い正し、ハンコを押さないので、決裁が遅れ、それに伴い、決済や納期が遅れ、どんどん仕事が後へ後へ延びていく事態が、目につき始めました。その火消し役は、中間管理職の私で、得意先には平身低頭で謝るしかなく、課長と一緒にため息ばかりついていました。

こんな状態が続き、仕事量がどんどん増え、肉体的にも精神的にも疲れが溜まっていきました。そんなとき、どうしても朝7時半には、勤務して仕上げなければならない急ぎの仕事がありました。自分の課に入ると、私の席にはあのパワハラ所長が座っていました。あいさつでもしないと仕方がないと思い、「所長、おはようございます。」と努めて冷静に言うと、帰ってきた言葉は、「おまえの席はもうない。」の一言でした。「私の席はここですが。」というと、「おまえは首だ。」の一言でした。「私が何かしましたか?」と尋ねると、「しょうがない、居させてやる。」といって、所長室に戻っていきました。

たとえ冗談にしろ、やっていい行動と悪い行動があるはずです。座る席までないということは、冗談にも言えるものではありません。これでは、私は完全に干されたと同じです。

私は本当に頭にきました。このまま泣き寝入りするほど、私の心は弱ってはいませんでした。ちょうど内部通告者保護法なるものができて、社長へ直接意見や相談ができる意見箱というものができたので、早速訴えてやりました。

しばらくすると、パワハラ所長は、所内の課長以上の職員を全員集めて、「俺の悪口を書いた怪文書が社長に届いたそうだ。犯人はここにいるはずだ。名乗り出ろ。」と凄んだそうです。幸いにして私までは疑いは回ってはきませんでした。しかし、社風がのんびりで和を貴しとする中で、内部での犯人捜しなど前代未聞であり、管理職員は相当のダメージを受けたようでした。そして、この事件をきっかけに所内で4人の管理職員が辞めていきました。

本当に腐ったごみのような、女々しい権限だけをひけらかす男です。こんな男は、人間的にまったく尊敬はできません。早く、消えてもらうことだけを一日千秋の思いで待っています。